なんか幸薄そうだよね。
言った側は三秒で忘れる。言われた側は五年覚えている。この非対称、本当にずるい。
私も言われたことがあります。二十代、バイト先の店長に。悪気ゼロの顔で。
その夜、鏡の前で自分の眉と目尻を睨みつけて、なにが薄いんだよ、と小声で言った記憶があります。ダサいでしょ。ダサいんですよ、こういうのって。
色白、細い、眉が薄い、目尻が下がっている。
結婚相談所で、何枚も顔写真を見て、その本人と実際に会って喋ってきました。断言します。パーツじゃないです、あれ。
顔立ちに共通点はなかった。動きに共通点があった
止まっている時間が、印象を作っている
面談で会う人の中に、ああ、この方は言われたことがあるだろうな、と感じる人がいました。
その人たちの顔を並べてみても、共通点が出てこない。目が大きい人も小さい人もいる。色白も、そうでない人もいる。
共通していたのは、話を聞いているときの静止でした。
相槌が少ない。表情が動く前に一拍ある。返事の前に、こちらを見たまま二秒黙る。
それだけです。それだけで、人は勝手に何かを読み取ります。苦労してきたのかな、とか、疲れているのかな、とか。
本人は何も背負っていません。ただ、考えてから答える人だっただけ。
つまり幸薄いと呼ばれているのは、顔ではなく静止時間。
まばたきが少ない人は、たいてい真面目
もう少し細かい話をします。
話を集中して聞く人ほど、まばたきの回数が減ります。これ、本を読んでいるときと同じ状態なので。
そして口角は、力を抜くと下がります。人間の顔はそういう作りなんだから仕方がない。
真面目に人の話を聞いている状態が、外から見ると無表情に近づく。
皮肉でしょ。ちゃんと聞いている人ほど、聞いていない顔に見える。
面談でこれを伝えたとき、ある女性会員が言った言葉が残っています。じゃあ私、集中しないほうがいいんですか、と。
そうじゃない、とは答えたものの、うまい説明ができませんでした。あれは今でも心残りです。
あの言葉は、顔の評価じゃない
反応をもらえなかった側の、不快の言い換え
幸薄そう、と口にする人が、そのとき何をしているか。
自分が投げたものが返ってこなかった、という不快を処理しています。
冗談を言った。笑いが薄かった。褒めた。控えめに返された。話しかけた。間が空いた。
その居心地の悪さに名前をつけたくて、いちばん手近な言葉を掴んだ。それがあの一言でした。
だから、顔のパーツを直しても言われ続けます。原因が顔にないので。
逆に言えば、反応が一段大きくなった人は、翌月から言われなくなる。実際にそういう例を何人も見ました。顔は一ミリも変えていないのに。
写真の三枚が、全部同じ角度だった女性
34歳の女性会員がいました。整った顔立ちで、写真も悪くない。なのにお見合いの成立が半年で二件。
写真を並べて見て、気づいたんですよ。三枚とも、同じ角度、同じ表情。しかも全部、体が正面を向いて止まっている。
撮り直しをお願いしました。歩いている途中を撮ってもらってください、と。
戻ってきた写真は、髪が少し乱れていて、こちらを振り向く途中で、口が中途半端に開いていました。本人は、これは使えないですよね、と言った。
使いました。翌月の成立、七件。
彼女の顔は変わっていません。動いている途中かどうかだけが違う。
止まった顔は、見る側に読解を要求します。読解を面倒がった人が、勝手な物語を貼りつけていく。動いている顔には、それをやる隙間がない。
メイクを濃くすると、なぜか悪化する
血色を足しても、静止は消えない
改善策、だいたいチークと眉です。血色を足しましょう、眉を太くしましょう、と。
効かないとは言いません。ただ、優先順位が低い。
現場で見ていた限り、メイクを濃くした人ほど印象が硬くなっていました。理由は、作り込むほど本人が表情を動かさなくなるから。崩れるのが怖いんですよ。
完璧な顔で固まっている状態、これがいちばん怖い。
逆に、寝坊してほとんど何もできなかった日に、なぜか感じが良かった、という報告を何度も受けました。手抜きの日ほど、顔がゆるんでいるので。
会話の途中で、一度上を見るだけ
話を聞いている途中で、一度だけ視線を上に外す。考えているような動作を、意識的に入れる。
これだけで、静止が途切れます。
黙って見つめられ続けると、人は緊張します。緊張を、相手は重さとして受け取る。視線を外した瞬間に空気が抜けるので、そこで印象が変わる。
やってみた女性会員から、翌週こんな報告が来ました。相手が急に喋りやすそうにしていました、と。
表情を作る訓練より、こっちのほうが早いです。顔の筋肉より、目線の管理。
それより問題なのは、寄ってくる相手のほう
薄幸そうに見える人に、特定の男が集まる
ここがいちばん言いたい部分。幸薄い印象は、婚活市場で不利ではありませんでした。むしろ申し込みは来ます。ただし、来る相手の質に偏りがあった。
守ってあげたい、支えてあげたい。この動機で近づいてくる男性が、明らかに多く集まる。
最初は優しいんですよ。すごく優しい。
問題は、その優しさが相手の弱さを前提にしていること。あなたが元気になった瞬間、動機が消えます。
交際が進んで、女性側が仕事で昇進した途端に態度が変わった男性会員がいました。彼が面談で言ったのが、なんか、思ってた人と違って、でした。
思ってた人。彼が好きだったのは、彼女ではなく、彼女に見えていた影のほうだった。
元気になったら離れていった、という報告
29歳の女性会員。交際三か月目に、相手からこう言われたそうです。前のほうが可愛かった、と。
何があったのか聞いたら、彼女が転職に成功して、生活が明るくなった時期でした。表情も声も変わっていた。
彼は、暗かった頃の彼女が好きだったんですよ。
彼女はその場でぴんと来て、交際を切りました。判断が速い。立派だと思った。
だから、幸薄い顔を直したいという相談を受けたとき、私は途中から質問を変えるようにしていました。
その印象を直したいのか。それとも、その印象に寄ってくる人たちから離れたいのか。
母に十八年言われ続けて、私が決着をつけた場所
あんたは笑ってないと損する子だから
子どもの頃から、母にずっと言われていました。あんたは黙ってると暗く見えるから、笑っときなさい、と。
善意です。完全な善意。私を心配して言っていた。
だから私は、笑う癖のある子どもになりました。面白くなくても笑う。褒められても笑う。怒られても笑う。今思えば、あれは表情じゃなくて防具だった。
二十代で店長に幸薄そうと言われた夜、いちばんきつかったのは、あれだけ笑ってきたのに、という部分でした。防具、効いてなかったんかい!(笑)
そこからしばらく、鏡を見るのが嫌でした。
四十を過ぎて気づいた、たった一つのこと
決着がついたのは、わりと最近です。
子どもの授業参観で、他の保護者と話していたとき。相手のお母さんに、話しやすいですね、と言われたんですよ。
そのとき私は、たいして笑っていませんでした。相手の話を聞いて、うんうん頷いて、質問を返していただけ。
帰り道で、あ、と思いました。
必要だったのは笑顔じゃない。返事の速さだった。
顔の作りは十八歳からほとんど変わっていません。色白のままだし、口角は今も下がっている。眉は昔より薄いくらい。
それでも言われなくなりました。反応が速くなっただけなんですよ。
