穏やかな人がやるもの、という顔をしていますよね、あれ。
朝の光が差し込むスタジオ。呼吸。感謝。ゆっくり流れる時間。
実際にスタジオへ通っている人の頭の中を開けたら、たぶん逆の景色が出てきます。私は開けたことがあるので、知っています。自分の頭ですけど。
結婚相談所で7年、会員さんの趣味欄を数えきれないほど読みました。ヨガというは、女性会員の趣味として最多クラス。読み飽きるくらい出てくる。
ハマる人には共通点があります。落ち着きとは正反対の共通点が。
残るのは、頭が止まらない人のほう
落ち着いている人は、そもそも通う理由がない
考えてみてください。心が静かな人が、わざわざ金を払って心を静めに行くでしょうか。
行きません。必要ないので。
続いている人に共通していたのは、日中ずっと頭の中で会議をやっているタイプでした。会話を反芻する。返信の文面を三回書き直す。寝る前に五年前の失言を思い出す。
その人たちが、九十分だけ静かになる場所を見つけた。それがたまたまヨガだった。
だから、性格が穏やかだから向いている、は完全に逆です。うるさいから通っている。
私が担当した中でいちばん熱心に通っていた女性会員は、面談で三時間喋り倒す人でした。あの人が静かな性格? 冗談でしょ(笑)。
体が柔らかい人ほど、先に消える
もうひとつの誤解。柔軟性です。
向いてないと思って始めない人、たくさんいます。もったいない。実感としては、柔らかい人のほうが早く辞めていました。
理由は単純で、最初からできてしまうから。伸びしろが見えない。三か月で飽きる。
硬い人は、半年かけて指先が数センチ床に近づく。その数センチが、異様に嬉しい。じわっと来るんですよ、あれ。
可動域が狭い人ほど、変化を数字で感じ取れる。続く理由なんて、それで十分でした。
最初のクラスで自分だけ前屈が浅くて恥ずかしかった、という話を何度も聞きましたけど、その恥ずかしさを味わった人ほど残っています。
趣味欄のヨガは、二種類に割れていた
書いただけの人と、年数を書いた人
プロフィールを何千枚も読むと、目が勝手に選別を始めます。
ヨガ、とだけ書いてある欄。これは実質、空欄でした。無難で、健康的で、角が立たない。埋めるために置かれた。
一方で、五年前から週二回通っています、と書く人がいる。頻度と年数が入っている。
申し込みの数、明確に違いました。後半の書き方をした女性のほうが多かった。
男性側に理由を聞いたことがあります。返ってきたのが、続けられる人だと分かるので、でした。
ヨガという単語に価値があるんじゃない。継続の記録が価値でした。
これ、他の趣味でも全部同じです。読書、映画鑑賞、カフェ巡り。単語だけ置かれた欄は、誰の目にも留まりません。
教えてください、と言われて困った女性
面白い相談を受けたことがあります。
32歳の女性会員。趣味欄にヨガと書いたら、お見合いで男性から、今度教えてよ、と言われる率が高い、と。
彼女は困っていました。教えられるほどじゃないし、そもそも一緒にやりたくない、と。
なぜ嫌なんですか、と聞いたんですよ。
返ってきた答えが、あの時間は誰とも関わりたくないので、でした。
すとんと腑に落ちました。彼女が通っている理由が、その一言に全部入っていたので。
共通の趣味にしようとした男性は、たぶん親切だったと思います。ただ、ヨガを社交の道具として見ていた。彼女にとっては、社交から逃げるための場所だった。
この二人、交際には進みませんでした。当然でしょうね。
買っているのは運動じゃなく、評価されない九十分
誰も何も聞いてこない時間に、値段がついている
ここが今日の核心です。
ヨガのクラスで何が起きているか。誰もあなたに質問しません。
仕事は順調? 結婚の予定は? 子どもはまだ? 体調どう? どこも聞かれない。話しかけられもしない。名前すら呼ばれないことも多い。
成果も出ません。順位もつかない。誰かと比べられて負けることもない。
現代の生活で、これがどれだけ希少か。
似た運動は他にもあるのに、ヨガに人が集まる理由。私は、沈黙が正式に許可されている点だと思っています。ジムでも走れますけど、あそこには数字がある。
無評価の時間を金で買っている。ハマる人の正体、それだけです。
週三で通っていた会員が、婚活を休んだ理由
覚えている方がいます。38歳、大手企業の管理職。
婚活の進み方は速かった。決断も早い。誰が見ても優秀な人でした。
その人がある時期、活動を三か月休止したんです。理由を聞いたら、ヨガの回数を増やしたいので、と。
最初は、逃げているのかと思いました。正直に言うと、少し苛立ちもした。
面談で聞いてみたら、彼女はこう言ったんです。仕事でも婚活でも、常に採点されている。採点されない時間を持たないと、判断が雑になるので。
返す言葉がありませんでした。ぐうの音も出ないというやつ。
三か月後に活動を再開して、四か月で成婚しています。休んだ判断が正しかった。
傾き始めるときの、目印
語彙が丸ごと入れ替わったら、少し見ておく
心配している人向けに書きます。身近な人が急にハマって、様子が変わったという場合。
何を信じるかは自由です。そこに口を出す気はありません。
気にする値打ちがあるのは、言葉のほうです。
以前の語彙が消えて、教室で使われる言い回しだけになったとき。愚痴を言わなくなり、疲れたと言わなくなり、代わりに整った表現しか出てこなくなる。
これ、穏やかになったのではなく、感情を出す口が塞がっている状態のことがあります。
私が見たケースだと、その時期に飲みの誘いを全部断るようになっていました。教室以外の人間関係が細っていく。
判断材料は、その人が今も愚痴をこぼせるかどうか。それだけ見ておけばいいです。
他人の生活に手が伸びたら、もう別のもの
決定的な境目を書きます。自分の体に向いているうちは、何も問題ない。
他人の食べ物、他人の薬、他人の生き方に口を出し始めたら、そこから先は別物です。
交際相手の食事を細かく直そうとした女性会員がいました。相手の男性から相談が来たんです。悪気がないのは分かるんですけど、食べるものを毎回言われて、と。
本人と話しました。彼女は本気で良かれと思っていた。悪意ゼロ。だからこそ、こちらの説明が通らない。
交際は終わりました。彼女は最後まで、なぜ嫌がられたのか分からないと言っていた。
自分の呼吸を整える行為と、他人の呼吸を管理する行為。混ざりやすいんですよ、あれ。
医療の話が絡む場面では、素直に病院へ行ってください。それだけは譲れない部分。
私は、シャバーサナで泣いた側です
産後四か月、誰にも体を必要とされない十分間
産後四か月。抱っこ、授乳、寝かしつけ。一日中、自分の体が誰かの道具として稼働している状態。
夫に子どもを預けて、近所のスタジオへ行きました。運動不足を解消したかっただけです。深い理由なんてない。
最後の休息のポーズで、床に仰向けになった瞬間でした。
涙が、ぽろぽろ出てきたんですよ。
自分でも驚きました。悲しくないのに、止まらない。マットの上でひとりで泣いている三十代の女、字面はかなり怖い(笑)。
あとから分かりました。あの十分は、四か月ぶりに誰も私の体を必要としていない時間だった。何も要求されず、誰も乗ってこない。
柔軟性も健康も関係ない。私が買っていたのは、その十分だけでした。
