優しさではなく、断られない相手を選んだ
プロフィール写真の三枚目が、だいたい犬なんですよ。
一枚目は証明写真みたいな顔。二枚目が旅行先。そして三枚目で急に空気がゆるんで、床に伸びた大型犬と、だらしなく笑っている本人。
あれを見た女性の反応、きれいに割れます。かわいいと言って申し込む人。この人は優しそうと決める人。犬か…と静かに画面を閉じる人。
結婚相談所で7年、その申込書の束をずっと見ていました。
分かったのは、犬は人柄の証明にならないということ。
犬の写真は申し込みを増やす。決まる数は増えない
盛り上がるのは初回だけで、二か月目に止まる
成立率、確かに上がります。会話の入口が最初から用意されているので、初対面の気まずさが発生しない。犬種、年齢、名前の由来。三十分は勝手に埋まります。
問題はそこから先。
交際が二か月あたりで止まる例が、目立って多かった。理由を聞くと、女性側の言い分がだいたい同じ。予定が全部、犬から始まるので、と。
泊まりの話が出ない。夕方には帰る。会う場所が近所に限られる。急な誘いは通らない。
一つ一つは責める話じゃありません。生き物がいるんだから当然でしょ。ただ、それが積み重なったとき、こちらの順番がどこなのかを人は数え始める。
犬は先にいて、恋人は後から来る
順番の問題です。
彼にとって犬は、あなたと出会う前から生活に組み込まれている存在。動かせない前提。恋人は、その前提の上に後から乗る人。
だから交渉が起きません。犬の散歩を減らすという選択肢が、そもそも議題に上がらない。上げようとした瞬間、こちらが悪者になる。
そこがきついんですよ。文句を言えない相手が最上位に固定されている。
交際終了の理由に、犬より下だと感じました、と書いた女性会員がいました。書いた本人が、こんな理由で終わらせる自分が嫌です、と面談で泣いていた。
悪くないですよ、と伝えました。順位の話は、いずれ子どもでも仕事でも起きるので。
いつ飼い始めたのかで、埋めている穴が見える
離婚の後、単身赴任の後、親を送った後
面談で必ず聞いていた質問があります。飼い始めたのはいつですか、と。
時期が全部を語るので。
45歳の男性会員は、離婚から半年で保護犬を迎えていました。本人の言葉が、あの子に救われました、というもの。いい話に聞こえるでしょ。
ただ、交際がまるで進まなかった。会話の八割が犬の話になるからです。
彼にとってその犬は、もう出ていかない相手でした。裏切らないし、条件も出さない。傷ついた後に選ぶ相手として、これ以上のものはない。
責める気は一切ありません。ただ、そこに人がもう一人入る余地があるかどうかは別の話。
子どもの頃から実家に犬がいた人と、失った後に迎えた人。同じ犬好きでも、中身が違います。
前の犬の話が出るまでの時間
もうひとつの目印。亡くなった犬の話を、いつ、どう話すか。
三回目の食事で急に言葉が詰まって、すみません、と言った男性がいました。十二年一緒にいた犬を、二年前に見送っていた。
その場面を、相手の女性は良く受け取ったそうです。感情の置き場がある人だと思った、と言っていました。
逆に、十年前に亡くしたのに、飼っていましたよ、で終わる人もいる。これはこれで一つの型。
どちらが良いという話ではないんですけど、その人が失ったものをどう扱うかは、確実にここに出ます。あなたとの関係が終わった後、彼があなたをどう語るか。近い形になると思っていい。
世話ができることは、人と暮らせる証明にならない
犬は要求するけれど、交渉はしてこない
犬の世話ができる男性は、優しいのではなく、一方的に与える関係が得意なだけ、という場合があります。
犬は散歩を求めます。ごはんも求める。でも、散歩の時間を変えてほしいとは言わない。言い方が冷たかったとも言わない。あなたの実家の件、どう考えてるの、とも聞いてこない。
要求はある。交渉はない。
人と暮らすというのは、その交渉に耐える作業です。別の技能なんですよ、まったく。
現場にいました。犬の世話は完璧で、健康管理も食事も驚くほど丁寧なのに、交際相手からの小さな要望に一度も応じられなかった男性会員。連絡の頻度を相談されたとき、彼が面談で言った言葉が、なんでそんなことを言われないといけないんですかね、でした。
ぐらりと来ました。世話と対話は、別々の引き出しに入っている。
不便を語る人だけ、信用していた
判別は簡単でした。犬の何を話すか。
癒される、かわいい、家族です。この三つで終わる人。あぶないです。装置として語っている可能性が高い。
信用していたのは、不便を口にする人のほう。
床が傷だらけになった。旅行に五年行っていない。抜け毛が全部のスーツについて、黒い服が着られない。去年の医療費で貯金が消えた。夜中に、くうん、と鳴かれて起こされる。
これを笑いながら言える人は、生活を共有しています。かわいいだけを語る人は、まだ観賞している段階。
恋人にも同じ扱いが待っています。都合の悪い部分が出てきたとき、装置として見ている人は、静かに電源を切ろうとする。
見るべきは犬じゃなく、預け先と医療費
一週間家を空けるとき、誰に頼むのか
実務的な質問をひとつ渡します。出張で一週間空けるとき、その子はどうしてるんですか、と聞いてみてください。
実家の母に頼む、近所の友人が来てくれる、決まったホテルがある。答えが具体的な人は、人との関係を維持できています。
誰にも頼めなくて、だから出張は断ってます、と答える人。人間の網がありません。
これ、そのままあなたに来ます。付き合った瞬間、預け先が一人増えるので。
ペットの話に見えて、実際は交友関係と家族関係の確認です。犬について聞いているうちに、彼の人生の全体が出てくる。便利な質問でした。
いくらまで出すかを決めているかどうか
もう一つ。医療費です。
高齢の犬を飼っている男性に、これは踏み込んで聞いていました。手術が必要になったら、どこまで出しますか、と。
うちの子のためなら、いくらでも。この答え、感動的に聞こえます。私は警戒していました。
上限を決めていない人は、決断を先送りしているだけなので。同じ癖が、住宅でも保険でも子どもの教育費でも出ます。
逆に、上限は決めてます、と即答した男性がいました。金額まで言った。冷たいと思われるのを覚悟した顔で。
続きがあったんですよ。その代わり、そこから先は苦しませない選択をする、と。
彼は成婚しました。相手の女性が決め手として挙げたのが、その会話です。ちゃんと考えている人だと思った、と。
犬を手放すと言った男性が、いちばん危なかった
君のためなら、という言葉は使い回される
交際相手が犬アレルギーだと分かった男性会員がいました。
彼の対応が速かった。三日後には、実家に預ける手配を済ませていた。相手の女性は感動していました。私のためにそこまで、と。
私は止めました。露骨に止めた。担当としては越権だったかもしれない。
理由はひとつです。八年一緒にいた相手を、三日で外せる人だから。
決断が速いのではありません。優先順位の入れ替えに痛みを感じない人。同じ速度で、いずれあなたも外れます。
その交際は四か月後に終わりました。終了の連絡をくれたのは彼のほうで、理由は、価値観の違い。犬は実家に置いたままでした。
あの犬のことを考えると、今でも胃のあたりが重くなります。
本当に信用できる答えは、たぶん違う形をしています。困った、どうしよう、一緒に考えてほしい。かっこ悪くて、時間がかかって、答えの出ないやつ。
犬が苦手な夫が、四時間運転した夜
最後に、うちの話を。
夫は犬が得意じゃありません。実家の老犬に、十年で一度も触っていない。近づかれると、そっと足を引く人です。かわいいと言っているのを聞いたこともない。
去年の秋、実家から電話が来ました。もう長くないかもしれない、と。
夜の十時でした。夫は、行くか、とだけ言って、車を出した。片道四時間。私は助手席でずっと鼻をすすっていて、彼は何も喋らなかった。
着いたときには、まだ息がありました。ぱたぱた、と尻尾が二回動いて、それで終わり。
帰りの車で、聞いたんですよ。犬、苦手なのに、と。
返ってきたのが、親父が運転できる状態じゃなかったから、でした。
犬のためじゃない。ふ、と笑ってしまって、そのあとじわっと来た。
犬を飼う男性の心理を読みたいなら、犬のほうを見るのはやめたほうがいいです。かわいいと言えるかどうかは、何の情報でもない。
散歩の面倒くささを笑って話せるか。頼れる誰かの名前が出てくるか。上限を決める話から逃げないか。
写真に写った犬は、彼のことを何も教えてくれません。ただ、その犬と暮らしてきた時間の話は、全部教えてくれますよ。
