目が覚めた瞬間、まだ玄関の匂いが残っている感じ、あるでしょ。
彼の部屋にいた。座っていた。何か喋っていた。内容は思い出せない。それなのに、胸のあたりだけ妙にあたたかい。
布団の中でスマホを掴んで、検索する。
吉夢です、関係が深まる暗示です、相手もあなたを想っています。だいたいそう出てきます。
悪いけど、私はその読み方を採用していません。結婚相談所で、会員さんから夢の話を聞かされる機会が異様に多かったんですよ。面談で泣かれることもあれば、夢を根拠に交際継続を決めようとする人もいた。
そこで気づいたことがある。この夢を見る人には、はっきりした共通点があります。相手の気持ちとは、まったく関係のない共通点が。
夢に出る回数は、好きの強さと比例しない
脳は、情報の空いている場所を勝手に埋める
毎晩のように出てくるから運命だと思った。これ、順番が逆です。
夢に繰り返し出てくる相手には規則があって、だいたい、知らない部分が多い人。
連絡先しか知らない。休みの日に何をしているか分からない。家がどのへんにあるかも聞いていない。この空白を、脳が寝ている間に埋めにいく。埋めた映像が、あの家です。
つまり出現回数は、好意の強さじゃなくて情報の不足量に反応している。
だから交際してしばらく経った相手の夢は、驚くほど見なくなります。空白がないので、埋める作業が発生しない。
毎晩出てくるのは、うまくいっている証拠じゃない。何も知らされていない証拠のほうです。ちょっと寂しい真実でしょ。
三か月見続けた夢が、一回の食事で止まった
29歳の女性会員がいました。お見合いした男性のことが忘れられなくて、交際は進んでいないのに、三か月ずっと夢に出てくると言う。
しかも毎回、彼のマンションに行く夢。玄関を上がるところまで同じ。
彼女はそれを運命だと解釈していました。私も昔なら頷いたと思う。
実際に勧めたのは、次の食事で彼の生活を細かく聞いてくること、でした。何時に起きるのか。休みは何をしているか。部屋は何階なのか。
翌週、報告に来た彼女が、へんな顔をしていたんですよ。
夢、見なくなりました、と。
実家暮らしで、部屋は和室で、犬がいる。全部聞いてしまった。埋める場所が消えた瞬間、上映が終わった。
ちなみに二人は交際に進みませんでした。彼女いわく、夢のほうが好きだったかも、と。はぁ…わりと残酷な結末(笑)。
あの家は、たぶん彼の家じゃない
間取りを思い出すと、自分の過去が出てくる
面白い実験があります。夢の中の家を、細かく思い出してみてほしい。
玄関の段差。床の色。窓の位置。台所から見える景色。
だいたいの人が、どこかで見たことのある家に行き着きます。祖父母の家。子どもの頃住んでいたアパート。学生時代の友達の部屋。
彼の家を訪ねたつもりで、あなたが歩いていたのは自分の記憶の中でした。
これ、けっこう大事なところです。夢が教えてくれるのは相手の情報じゃない。安心する場所として脳が保管している映像に、彼を配置してみた。それだけの上映。
彼が誘ってくれたわけでもなければ、彼の心が開いた合図でもありません。配役はあなたがやっています。
入れない夢、誰もいない夢、部屋が荒れている夢
細かいパターンについても書いておきます。占いとしてではなく、あなたの状態の記録として読む場合の話。
玄関の前で止まって入れない夢。現実で、こちらから何かを差し出す作業が止まっています。誘っていないとか、聞けていないとか。
家に着いたのに誰もいない夢。関係が一方通行だと、どこかで気づいている状態。
部屋が散らかっていて驚く夢。理想化していた相手に、現実の重みを足そうとしている途中。
どれも吉凶じゃありません。あなたの現在地の記録です。当たっているかどうかは、読んで胸がざわっとしたかで判断してください。ざわつかなければ違います。
使えるのは夢の内容じゃなく、起きた直後の三秒
嬉しかったのか、後ろめたかったのか
判定に使える材料をひとつだけ渡します。目が覚めた直後の感情。
あたたかくて、もう少し寝ていたい。この場合、あなたはその人といる時間そのものを求めています。関係を進めたい欲求。素直なやつ。
急に恥ずかしくなって、誰にも言えないと思った。この場合、混ざっているのは欲求より罪悪感です。相手に恋人がいるとか、職場が同じとか、状況に無理があるケースで頻発します。
起きた瞬間、なぜか少し悲しい。これがいちばん多かった。もう終わっていることを、寝ている間に自分が知っているパターン。
私は目覚めの三秒のほうが正確だと思っています。
同じ夢を繰り返す人は、現実で一度も誘っていない
これ、面談で数えました。数えるくらい一致していたので。
好きな人の家に行く夢を何度も見ると訴える会員さん。全員に、現実で誘ったことはありますか、と聞いていました。
ほぼ全員が、ありません、でした。
理由はたぶん簡単で、脳がリハーサルをしているんですよ。現実で怖くてできないことを、費用ゼロで練習できる唯一の場所が夢なので。
断られない。気まずくならない。翌日の職場で顔を合わせる心配もない。
だからこの夢は、進展の予告じゃなくて未着手の通知です。ぴこん、と鳴っている。
きついこと言いますけど、夢の中で何度玄関を上がっても、現実の距離は一ミリも縮まりません。
それでも、夢を口実に動くのは悪くない
予知としては使えない。着火剤としては優秀
夢に意味なんてない、で終わらせる気はありません。
現実的な使い道があります。あの夢を見た日は、たいてい気持ちが少し前に出ている。その勢いに乗るのはアリです。
根拠のない自信って、婚活の場面ではけっこう強い燃料でした。理屈で動けない人が、なぜか夢を見た翌朝に申し込みを出して、それが決まるという場面を何度も見ています。
ただし条件があって、その日のうちに動くこと。夢の効力は半日で切れます。夕方には冷めている。
ちなみに相手に夢の話をするのはやめておいたほうがいい。夢に出てきましたと言われると、多くの男性は、なんて返せばいいか分からなくて固まります。実際、それで交際が微妙になった例、二件知っています。
夢の翌朝に連絡した会員が、そのまま決まった
34歳の女性会員の話です。
交際が三か月止まっていて、こちらから何も言えないまま停滞していた人。ある朝、彼の家に行く夢を見たそうです。
その日の昼、初めて自分から誘いました。今週末、時間ありますか、と。それだけの文。
彼女が後で言うには、寝起きで、頭が働いていなかったから送れた、と。
二か月後に成婚しています。
私はこれを夢のおかげだとは思っていません。三か月ためた分が、たまたまその朝に噴き出しただけ。ただ、噴き出す口実として夢が機能したのは事実でしょうね。
使えるものは何でも使えばいい。占いの結果を信じる必要はなくて、動いた自分だけが残ればそれでいい。
八年ぶりに元彼の部屋の夢を見た夜
未練だと思ったら、全然違うものだった
白状します。結婚して数年経った頃、私は昔付き合っていた人の部屋の夢を見ました。
八年ぶりです。しかも異様に鮮明。ロフトの梯子の位置まで覚えている。
起きた瞬間、ぞっとしました。夫が隣で寝ているのに、何を見てるんだ私は、と。
半日くらい引きずって、それから気づいたんですよ。夢の中の私は、彼と喋っていなかった。ずっと部屋の片づけをしていた。
思い返せば、その時期は転職か退職かで迷っていた頃でした。二十代のあの部屋は、私が仕事に自信を持てなかった時期の背景そのものです。
つまり脳が呼び出したのは、彼じゃなくて、当時の私。
未練だと決めつけて、危うく自分を責めるところでした。
