改札の手前。人の流れが二人を避けて通っていく。
じゃあ、と言いかけたところで、ふっと影が近づいて、一瞬だけ。
はい、そこから先の記憶が全部飛ぶやつ。
結婚相談所、交際の細かい報告を聞き続けました。この場面の相談、めちゃくちゃ多かった。
別れ際は、責任が発生しない唯一の時間
直後に相手が消えるから、何も回収されない
考えてみてください。帰り際の五秒って、特殊な時間なんですよ。
何かをした直後に、二人は別方向へ歩き出す。相手の反応を見なくていい。気まずさを処理しなくていい。会話を続ける義務もない。
つまり、行動のコストが極端に低い。
だから、普段なら言えないことも、この時間帯だけは出てきます。好意も、勢いも、下心も。全部、精算されないまま改札の向こうへ行く。
名残惜しくてやったのか、逃げられる場所だからやったのか。外から見た動作は同じです。
これ、意地悪な見方だと思われるかもしれない。ただ、七年やって、意地悪な見方のほうが当たっていた回数が多かったんですよね。
本気の人ほど、明るい場所で止まる
関係を長く続けたい男性ほど、帰り際に動けません。
理由は簡単で、その後の空白が怖いから。やってしまったら、明日の連絡をどうするか、次に会うときの空気をどうするか、全部背負うことになる。
面談で、これに近いことを言った男性会員がいました。あの場面で手を出したら、逃げたことになる気がして、と。
四十代の、口下手な人です。彼はその日、握手だけして帰ったそうです。握手!(笑)
ださいでしょ。でも私は、あの報告を聞いたとき、この人は大丈夫だなと思いました。実際、その交際は成婚しています。
あの数秒が焼き付くのは、確認できないから
直後に相手が消えるので、答え合わせの機会がない
なぜ帰り際のキスだけ、あんなに記憶に残るのか。
理由は、直後が空白だからです。
食事中の出来事なら、その場で相手の顔を見て、話して、意味を確かめられる。ところが帰り際は、確認する前に相手が電車に乗ってしまう。
未確認のまま持ち帰った出来事は、脳の中で延々と再生されます。処理が終わっていないので。
つまり、あの数秒が忘れられないのは、強烈だったからじゃなくて、途中で止まったからでした。
三か月、その五秒だけを見返していた女性
31歳の女性会員がいました。交際二回目の帰り際にキスされて、そのまま連絡が減った人。
面談のたびに、あの日の話をするんですよ。何度も。改札の位置まで正確に覚えている。
三か月目に、私は聞きました。その日の食事、何を話しましたか、と。
彼女、しばらく黙って、思い出せません、と言った。
五秒だけが残って、二時間が消えている。
そのとき彼女の顔が、はっとしたのを覚えています。私が好きだったのは、あの人じゃなくて、あの五秒かもしれない、と。
交際はそこで終わりました。降りる判断としては、正しかったと思う。
判定は、キスの有無じゃなく、その後の一秒にある
振り向いたかどうか
彼が改札を抜けた後、振り向いたかどうか。
好意のある人は、振り向きます。理由は、直前の自分の行動に自信がないから。相手が怒っていないか、引いていないか、確認したくてたまらない。
慣れている人は、振り向きません。結果を確認する必要がないので。
これ、報告を聞くたびに確認していた項目です。振り向いた人は、翌日に連絡が来る率が高かった。露骨に高かった。
だから、次にその場面が来たら、少しだけその場に立っていてください。三秒でいい。背中を見送るのは損です。見送られる側の動きを見る。
翌日の昼までに、何も来なかった場合
帰り際に何かが起きて、翌日の昼まで連絡がない。この場合、待つ意味は薄いです。
夜の勢いでやってしまったことは、朝になると本人の中で処理が始まります。まずかったかな、と思ったとき、多くの男性は連絡を止めます。謝るのも変だし、何もなかったことにするのがいちばん楽なので。
三日後に来る、昨日はごめん、みたいな連絡。これは撤回の手続きです。関係を進める文ではありません。
実際、この流れで交際が続いた例を、私はほとんど見ていない。
逆に、翌朝すぐ、次の予定が入った連絡が来るケース。これは確定です。行動を自分のものとして引き受けている証拠なので。
してこない人の話も、しておく
何もなかった夜に、落ち込む必要はない
反対側で悩んでいる人も多いんですよ。
何回もデートしているのに、帰り際に何もない。手も繋がない。私、女として見られていないのかも、と。
面談でこの相談を受けるたび、同じことを言っていました。何もしないことに理由がある人と、何も感じていない人。見分ける材料は、別れ際の会話です。
何も感じていない人は、別れ際があっさりしています。じゃあ、で終わり。歩き出すのが速い。
何かを我慢している人は、別れ際がやたら長い。用のない話を始める。改札の前で三分立ち止まる。荷物を持ち替える。意味のない動作が増える。
その、もたつきです。もたついている人は、たいてい考えています。
五回目で、傘だけ渡してきた男性
覚えている報告があります。
交際五回目、雨の日でした。改札まで送ってきた男性が、自分の傘を彼女に渡して、そのまま濡れて帰った。
彼女は、ちょっと引いた、と言っていました。重い、と。
私は笑ってしまって。彼女に、その傘、返すために次も会うでしょ、と言ったんです。
彼女、あ、という顔をしました。
実際、その男性は次のデートで傘を受け取って、それから半年後に成婚しています。
本人に意図があったかは分かりません。たぶん、なかった。ただ濡れて帰っただけの人だと思う。
帰り際に何かをする人が全員うまいわけじゃないし、何もしない人が全員臆病なわけでもない。読み取る材料は、動作より、その後に何が残ったかのほうです。
うちの夫は、十年ずっと同じことをする
付き合っていた頃、彼は一度もしなかった
自分の話をしますが夫は、付き合っていた頃、帰り際に何もしない人でした。一度もない。手を振るだけ。
当時の私は、正直不満でした。友達には、それって脈ないんじゃない、と言われるし、こっちも自信がなくなる。
一度、直接聞いたことがあります。なんで何もしないの、と。かなり恥ずかしい質問でした。
返ってきたのが、駅、人多いから、でした。
それだけ!?
拍子抜けというか、脱力というか。ずっこけましたよ。
改札の内側で、一回だけ振り向く
ただ、あの人には昔から癖がありました。
改札を抜けて、五歩くらい歩いたところで、必ず一回だけ振り向く。
私が見ていると、少し困ったような顔をして、手を上げる。見ていないと、そのまま行く。
十年経った今もやります。子どもを連れて実家に帰る日の駅でも、同じ場所で振り向く。
先日、なんでいつも振り向くの、と聞いてみました。
夫、しばらく考えて、いる? と言った。え、無意識
本人がまったく自覚していない動作が、十年続いている。あれが答えなんだと思います。
