飲んでみ、と言いながら、もうグラスがこっちに来ている。
指が触れそうな距離。氷が、からん、と鳴る。
一口だけもらって、おいしい、と言えば場は回る。分かってる。分かってるけど、なんかざわつく。その、ざわつき。
結婚相談所で、お見合いと交際の報告を浴びるように聞いてきました。飲みの席で何が起きたか、翌週になると全部こちらへ流れてくる仕事です。おかげで、けっこう妙な法則を知っています。差し出された酒の中身を聞けば、その男性の意図はだいたい読めました。
グラスの中身を見れば、ほぼ答えが出る
ハイボールとビールには、何も乗っていない
自分が飲んでいるハイボールを、飲む? と差し出してくる人。ここに意図はまずありません。
理由は簡単で、味が特別じゃないから。驚きも新発見もない飲み物を勧める動機は、話の流れ以外に存在しないんですよ。
生ビールも同じ。むしろ、その辺を勧めてくる男性は、あなたと自分の間に境界線があること自体を意識していません。無防備なだけ。
気になるとしたら、そこじゃない。飲んでみ、のあとに彼が何を言うかです。
うまいでしょ、で終わる人は安全。何も考えていない。
少し黙ってこちらを見ている人は、後で書く一割のほうに入ります。
自分では飲まない甘い酒を頼む人だけ、別枠
ここが今日いちばん実用的なところ。
男性が、明らかに自分の好みではない甘いカクテルを注文する。そして、これ飲みやすいよ、と差し出してくる。
その一杯、最初からあなたに飲ませる目的で頼まれています。
自分が飲むためのものなら、いつものやつを頼むでしょ。わざわざ度数の分かりにくい甘い酒を選ぶ理由は、こちらが飲みやすいと感じるものを用意しておくため。
現場でこの報告を受けた回数、片手じゃ足りません。しかも共通して、その男性は自分のグラスをほとんど減らしていない。
一方で、日本酒やウイスキーやクラフトビールを勧めてくる人。これは布教です。趣味の話が三十分続く覚悟だけしておけばいい。下心はないけど、話は長い(笑)。
問題は一口じゃなく、空いたグラスに来る次の一杯
注文を代行された時点で、主導権が移っている
一口の共有で終わるなら、たいした話じゃないんですよ。
気をつけるべきは、あなたのグラスが空きかけたとき。
同じの頼んどくね、と言われて、返事をする前に店員が呼ばれている。この一連が起きたら、そこから先はペースを他人が握っています。
自分の速度で飲んでいたはずが、いつのまにか相手の速度で飲んでいる。何杯目かも分からなくなる。
断る隙を作らない頼み方をする人、実在します。悪気なくやっている人も混ざっているから厄介なんですけどね。
対処は先手だけ。次はウーロン茶にする、と早い段階で口に出しておく。飲み始めて三十分以内が勝負です。
杯数を数える男は、二種類いる
面白い話をします。
交際中の男性会員で、デートのたびに相手の飲んだ量を正確に把握している人が二人いました。片方は成婚、片方は交際終了。
成婚したほうは、三杯目のあたりで、水も飲みなよ、と言うタイプ。帰りの時間から逆算して、こっそりペースを落としていた。彼女は後から気づいて、じわっと来たそうです。
終了したほうは、四杯目の直前に、まだいけるでしょ、と言うタイプ。
同じ計測をしていて、使い道が真逆。
数えていること自体は悪くありません。数えた数字を、止めるために使うか、進めるために使うか。そこだけ見ていればいい。
酔ったあなたを見たがっている人の、兆候
お酒に弱いんです、と言った直後の一秒
これ、判別に使えます。あまり飲めないんですよ、と一度だけ伝えてみてください。深刻な顔じゃなく、さらっと。
返ってくる言葉が二種類に割れます。
じゃあこれなら飲めるよ、とか、無理しなくていいけど一口だけ、が来た場合。彼の関心は、あなたが飲むかどうかに向いています。飲めないという情報を受け取ったのに、飲ませる方向へ話が進んでいるので。
じゃあ食べ物頼もうか、あるいは黙って自分の注文だけする人。これは受け取っています。
たった一秒の分岐なんですけど、ここまで綺麗に割れるのかと私自身が驚いた項目でした。
三回目のデートで気づいた33歳の会員
交際中の女性会員から、彼が毎回違うカクテルを勧めてくるという話が出た。悪い人ではなさそう、という前置きつきで。
気になったので詳しく聞きました。彼は毎回、その甘い酒を自分では一口も飲んでいない。
さらに、店が毎回同じ。彼女の自宅から徒歩圏内の店。
彼女、そこまで並べたところで、あ、と小さい声を出しました。顔色が変わったのが電話越しでも分かった。
何もなかったんですよ、実際には。三回とも彼女はちゃんと帰っている。
でも彼女は交際を終わらせました。理由の欄に、意図を感じたので、とだけ書いて。
証拠のない違和感で降りる。あれは正しい判断だったと、今も思っています。ひやっとした案件でした。
飲めない側は、先に宣言したほうが百倍楽
最初の三十分で言うと、その後が静かになる
実務の話をします。飲めない、あるいは飲みたくない人が、その事実を隠してデートに臨むのがいちばんしんどい。付き合って飲んで、途中から断ると、なんで急に、という空気になるので。
乾杯の直後に言ってしまうのが最適でした。私、体質的にすぐ顔に出るので、今日は少しにしますね。これだけ。
理由を体質に置くのがコツです。嫌だと言うと関係の話になるけど、体質だと言うと生理の話になる。反論の余地がない。
女性会員にはこれを全員に伝えていました。実行した人の報告、みんな同じでした。あっさり通りました、と。
悩んだ時間は何だったのか、という顔をされるところまでセットです。
ノンアルで通した男性会員が、意外と強かった
男性会員にも、飲めない人はたくさんいます。しかも彼らは、それを弱点だと思い込んでいる。婚活で不利になると信じて、無理して飲んでいた人が何人もいました。
一人、開き直った方がいました。40代前半。お見合いの席で、僕は飲めないので付き合えませんが、食べるのは得意です、と最初に宣言する方式に変えた。
成立率、上がりました。はっきり上がった。
女性側の申し込み理由に書かれていたのが、安心して食事ができそう、です。
飲めないことは、思っているほど減点になりません。むしろ、飲ませない人という位置につけるので、この時代はかなり有利ですよ。
飲みやすいよ、を四回信じた夜のこと
とろん、とした時点でもう遅い
二十代半ば、私は完璧にやられた側です。
職場の先輩に、これ甘いから飲めるよ、と勧められて、四杯。全部違うカクテル。全部、彼は一口も飲んでいない。
四杯目の途中で、視界が、とろん、とした感覚があって。あ、まずい、と思った瞬間には立てなくなっていました。
結果的には、同僚の女性が気づいて連れ帰ってくれたので何もありません。翌朝、記憶が半分飛んでいて、自分の靴が玄関で片方だけ揃っていなかったのを見て、ぞっとしました。
何が悔しいって、私はあの夜、四回とも断れる場面があったんですよ。四回。
飲みやすいよ、と言われるたびに、断ったら感じ悪いかな、と考えた。あの計算、本当に無駄でした。感じの悪さより、靴が片方だけ揃っていない朝のほうが、はるかに嫌でしょ。
勝手にウーロン茶を頼まれて、私はかちんと来た
最後に夫の話を。
付き合う前、三回目に飲みに行ったとき。私が二杯目を頼もうとしたら、彼が先に、ウーロン茶で、と言ったんです。私に聞かずに。
かちん、と来ました。子ども扱いされたと思って、その日はずっと不機嫌でした。感じ悪い男だな、と本気で考えていた。
何年か経って、当時のことを聞いてみたんですよ。
返ってきたのが、顔が真っ赤だったから、でした。
それだけ。
言ってくれれば良かったのに、と言ったら、言ったら気にすると思って、と返ってきて。
そのとき、二十代の夜のことを思い出しました。あの先輩は、私の顔が赤くなっていくのを、たぶん見ていた。同じものを見て、片方は次のグラスを頼み、片方はウーロン茶を頼む。
差し出された一口に意味があるかどうかを考えるより、その人があなたの顔色をどっちの用途で見ているか。それだけの話なんだと思う。
氷が、からん、と鳴る夜は、これからもある。中身と、そのあと来る一杯だけ、見ておけばいいですよ。
