マリッジブルーになりやすい人っているのか?
人生でいちばん大きな決断を前に、のんきに構えていられる人のほうが珍しいもの。
マリッジブルーには、通り過ぎる不安と、通り過ぎてはいけない違和感の二種類が混ざっている。
なりやすいかどうかより、自分のブルーがどっちなのか。
知るべきなのは、そっちのほうだと思う。
マリッジブルーになりやすいのは、順調な人だった
誰が見てもいい相手、のはずだった
二十八歳の美咲さんは、お見合いから一年かけて成婚退会した会員さん。
相手は穏やかで、仕事も安定している。
ご両親からも同僚からも、いい人を見つけたねと太鼓判を押されていた。
文句のつけようがない、と本人も思っていたらしい。
式の準備が本格的になった頃、彼女から電話が来た。
最近、夜に眠れないんです。
天井を見ていると、同じ問いがぐるぐる回り出す。
この人と一生一緒にいて、本当に大丈夫なのか。
彼の口癖や休日の過ごし方が、急に鼻につく日もあるという。
交際中は、何とも思わなかったのに。
友達には、誰でもなるよと流されたそう。
(それで片づけていいのかな…)
彼女はそこで終わらせず、彼に正直に打ち明けた。
平日の夜の過ごし方、休日の朝、お金の使い道。
二人で何度も話して、暮らしの絵を一枚ずつ重ねていく。
眠れない夜は、いつの間にか減っていった。
入籍二週間前、推しのライブで泣いた
二十九歳の彩さんは、デザイナーをしている元会員さん。
成婚退会のあとも、ときどきLINEで近況をくれていた。
入籍の二週間前、届いたメッセージがこれ。
推しのライブで、双眼鏡のぞきながら泣いちゃいました。
会場で突然、頭をよぎったらしい。
私、本当に結婚していいのかな。
誰かのものになっていいのかな。
普段は前向きな人なんです。
好きなことを好きなだけ楽しむ毎日が、そこで終わる気がしたんだとか。
帰ってから彼に話すと、あっさり返された。
無理に変わらなくていいよ、好きなことは続けたら。
そのひと言で、結婚したら全部なくなる、という思い込みがほどけたそう。
後日届いた式の写真、ブーケのリボンが推しのメンバーカラーだったっけ(笑)。
顔合わせの日程を聞かれると、話をそらす男
男性だって、意外と揺れる。
二十六歳の翔太さんは、真剣交際が順調で、両家への挨拶の日取りまで決まっていた。
ところが日が近づくにつれ、彼女から予定を確認されるたびに言葉を濁す。
話題を変える。
LINEの返事も遅れがち。
お相手の担当仲人さんから、うちの会員が不安がっています、と連絡が入って慌てて面談を組んだ。
翔太さんの口から出たのは、まだ覚悟が決まってない、のひと言だけ。
流れを変えたのは、彼女のほうでした。
話し合いを重ねるほど彼が固くなると気づき、小さな予定から始めることにした、と後で聞いた。
一緒に家具屋をのぞく。新居の候補の街を散歩する。
翔太さんの表情は、少しずつ柔らかくなっていった。
三人とも、交際中は迷いのなかった人たち。
順調だったぶん、結婚がいきなり現実の重さでのしかかってくる。
迷いながら進んだ人は、実は交際中に不安を小分けにして消化しているんですよね。
順調な人ほど、誰にも弱音を吐けないのもつらいところ。
おめでとう、と言われ続けた口で、不安ですとは言いにくいでしょ。
ブルーが深くなりやすい人には、昔の傷がある
普通の家庭を知らない人は、夫の役を怖がる
三十二歳の公務員、健太さんがプロポーズを済ませて成婚退会の手続きに来た日。
おめでとうございます!と声をかけた私と、彼は目を合わせなかった。
(書類に判を押す手が、少し震えていた気がする)
数週間後、お相手から心配の声が届く。
連絡が急に減った、と。
健太さんの父親は単身赴任が長く、家にいないのが当たり前だった。
普通の家族がどんなものか、よく知らない。
自分が夫として、いつか父親としてやっていけるのか。
その不安が膨らんで、彼女から距離を取ってしまっていた。
彼女が話を聞こうとしたとき、健太さんは初めて口にしたそう。
プレッシャーで押しつぶされそうだ、と。
そこから二人は、週末を丸ごと使って話し合った。
家事の分け方、子どもができたときの役割、うまくいかなかったときの逃げ道まで。
ぼんやりした不安が、手で触れる計画に変わっていく。
手本のない人は、台本を自分たちで書けばいい。
一度つまずいた人は、違和感をノートに書く
三十四歳の看護師、真理子さんは再婚を希望して入会してきた。
前の結婚は、条件を優先して決めた結果、たった数か月で終わっている。
今回の相手とは、価値観も育った家庭の雰囲気も近い。
それでも式の準備が進むと、胸がざわつきだした。
彼女の対処は、見事の一言。
この違和感を、マリッジブルーで片づけちゃいけない。
そう自分に言い聞かせて、気になる点を一冊のノートに書き出していった。
相手の反応が鈍かった日。
新居の場所で意見がずれたこと。
すぐにやめようとはせず、一つずつ二人で対策を練ったそう。
入籍後も同じペースで話し合いを続けて、前より安心感が増したと聞いている。
ノートは入籍の日に二人で読み返したそうで、半分以上の項目に解決済みの線が引いてあったとか。
一度転んだ人は、転び方を知っている。
だから、怖がり方も上手なんだよね。
それはマリッジブルーだから、と私は言いすぎた
成婚料が頭をよぎった日もある
ここから先は、元アドバイザーとして耳の痛い話。
相談所の多くは、成婚が決まった時点で成婚料をいただく仕組み。
担当の成績にも、成婚の数はしっかり響く。
成婚目前で揺れる会員さんを前に、口癖のように言っていた。
大丈夫、それはマリッジブルーですよ。
みんな通る道ですから。
本気でそう信じて言った日が、ほとんど。
でも、今月の数字が頭をかすめた日が一度もなかったかと聞かれたら。
(…ない、とは言い切れない)
マリッジブルーという言葉は、痛み止めに似ている。
通り過ぎる痛みにはよく効く。
ただ、黙らせてはいけない痛みまで、一緒に眠らせてしまう。
恋愛感情がないまま、入籍の日が近づいた
三十歳の菜々さんは、相談所で出会った男性との成婚が決まっていた。
条件は申し分なく、ご家族も乗り気。
なのに入籍が近づくほど、相手の顔が遠く感じるという。
恋愛感情がほとんどないまま、ここまで来てしまった。
相談所の結婚は、恋愛感情が後から追いついてくることも珍しくない。
だからこそ、追いつかなかったときの見極めが難しいんです。
菜々さんが相談したのは、私ではなく相談所の外の知人だった。
返ってきたのは、こんな言葉。
本当に一時的な不安なのか、最初から違和感があったのか、分けて考えて。
彼女は式を延期して、半年ほど相手と距離を置いた。
その間に、ひとりの生活のリズムが自分に合っていると気づく。
出した答えは、関係を終わらせること。
報告を受けたとき、正直言って、ほっとした自分がいた。
あの時、最初に私のところへ来ていたら。
たぶん、例の決まり文句で背中を押していたから。
一年後に届いた、別居しましたの知らせ
三十三歳の香織さんから連絡が来たのは、成婚退会から一年と少したった頃。
別居することにしました、と短い一文。
交際中から、相手の性格に小さな引っかかりはあった。
結婚すれば変わる、と自分に言い聞かせながら。
周りからは、この人を逃したら次はない、と何度も言われた。
その周りの中に、私も入っていたと思う。
はぁ…。
入籍から一年もたたずに、暮らしの価値観のずれは手に負えないほど広がった。
不安が出たとき、一緒に向き合える相手かどうかを見ておけばよかった。
彼女のその言葉は、私宛ての通知表として、今も胸に刺さったまま。
今の私なら、決まり文句の代わりにひとつだけ質問する。
その不安、いつからありました?
船酔いと、船底の穴は別物
マリッジブルーという一つの言葉に、まるで違う二つが押し込まれている。
船酔いと、船底の穴。
船酔いは、陸に上がれば治る。
穴は、陸に着く前に船を沈めてしまう。
違和感が生まれた日を思い出す
不安の中身を、ノートに一行だけ書いてみる。
次に、その不安が最初に顔を出した日を思い出す。
婚約が決まってから急に湧いてきたなら、船酔いの可能性が高い。
美咲さんの苛立ちも、彩さんの涙も、翔太さんの逃げ腰も、全部ゴール間際に現れた。
結婚という変化そのものに、揺られているだけ。
反対に、交際中からうっすらあった引っかかりなら、話は別。
菜々さんの恋愛感情のなさも、香織さんが抱いた性格への疑問も、ずっと前からそこにあった。
結婚が近づいて、ごまかしがきかなくなっただけ。
こっちは、式を挙げても治りません。
夜中の二時に、答えを出さない
ブルーの波は、たいてい夜に押し寄せる。
成婚退会の直前、元彼にLINEを送ってしまった会員さんがいた。
元気?の三文字。
返事が来なかったことに、翌朝いちばん胸をなでおろしたのは本人だったという。
夜中の頭は、不安を何倍にも膨らませる名人。
眠れない夜に浮かんだ結論は、メモに書いて朝まで寝かせておく。
明るい時間に読み返して、それでも同じことを思うなら、そこで初めて誰かに話す。
話す相手は、友達より先に婚約者本人。
不安を打ち明けられる相手かどうかも、そこで見えてくるから。
打ち明けたとき、相手の顔がほどけるか
もうひとつの物差しは、相手の反応。
不安を打ち明けて、一緒に考えてくれるかどうか。
彩さんの彼は、好きなことは続けたらと言った。
翔太さんの彼女は、やり方を変えて歩幅を合わせた。
船酔いなら、隣で背中をさすってくれる人がいれば乗り切れる。
不安を口にした途端に不機嫌になる相手なら、穴がもう一つ開いていると思っていい。
なりやすい人の特徴を、私なりに書き直すならこうなる。
交際が順調すぎた人。
周りの評価で相手を選んだタイプ。
手本にできる家庭像を持たないまま、夫や妻になろうとしている人。
自由な時間を何より大事にしてきた人も、ここに入る。
ただ、なりやすいかどうかより、なった後に誰とどう話すかで行き先は決まるよ。
