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上司を好きになったその気持ちの半分は評価されたい欲だ

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28歳の春、私は月例会議の日だけブラウスを新調していた。
相手は、勤めていた結婚相談所の支店長。
5つ年上で、成婚の報告をすると必ず目を見て褒めてくれる人だった。

目次

いい仕事したね、を独り占めしたかった

支店長の褒め言葉が、後輩にも配られていた日

支店長は、褒め方がとにかくうまかった。
成婚が決まると、私の席まで来てひと言。
いい仕事したね。
たったそれだけで、その週は残業も苦じゃなくなるから不思議。
月例会議の前の晩なんて、何を着ていくかでソワソワして眠れなかった。

ある日の夕方、コピー機の前に立っていたら、突然背後で聞き慣れた声がした。
いい仕事したね。
振り向くと、入社2年目の後輩が頬を赤くしてうなずいていた。

一言一句、変わらない。
声のトーンまでそっくり。
胸の奥がズーンと沈んで、刷り上がった用紙を危うく握りつぶすところだった。
(まさか、全員に配ってるやつだったの?)
その夜は帰りの電車で、新調したブラウスの袖口をただ眺めていたっけ。

好きになったのは人か、椅子か

41歳の隼人さんも、若い頃に上司へ片思いをしていた。
仕事で認められるのが嬉しくて、それがいつの間にか好意にすり替わった。
相手は部下を平等に扱っていただけで、特別な気持ちはなかったらしい。
毎日顔を合わせる環境が、気持ちを大きくしていただけ。
今振り返ればそう思える、と隼人さんは笑っていた。

25歳の美咲さんの話も、根っこは近い。
入社半年で、部署の上司が気になり始めた。
丁寧に教えてくれて、ミスをしても冷静に対応してくれる。
毎日会うから、気持ちは日に日に強くなる。
飲み会で話せても、なぜか仕事の話しかできない。
告白して関係が崩れるのが怖くて、今は距離を保っているそう。

心理学には、単純接触効果という言葉がある。
会う回数が増えるほど、相手に好意を抱きやすくなる現象のこと。
上司は、その条件を毎日満たしてくる存在なのね。
しかも仕事という、こっちが一番頑張っている場面を見て、評価までくれる。
正直言って、好きにならないほうが難しいってば。

ここで一つ、あまり楽しくない想像を。
明日、その上司が別の人と入れ替わったら。
同じくらい仕事ができて、同じくらい褒めてくれる人が、同じ席に座ったら。
たぶん半年後、その人のことが気になっている。
少なくとも28歳の私は、間違いなくそうだった。

上司の優しさは、給料に含まれている

二人きりの残業で、何も起きなかった理由

28歳の彩花さんは、既婚の上司を好きになった。
奥さんがいると知っていても、仕事中の気遣いがいちいち優しく見えてしまう。
残業で二人きりになる夜が増えて、距離が縮まった気がした。
でも結局、何も起きなかった。
相手はただ仕事として接していただけかもしれない、と後になって気づいたそう。
自分だけが意識していた、と彩花さんは振り返る。
今は職場でも、できるだけ関わらないようにしているんだって。

厳しいことを言うと、上司の優しさは給料のうち。
部下が気持ちよく働けるよう、こまめに声をかける。
困っていれば手を貸すし、遅くまで残っていれば体調を案じる。
どれも管理職の仕事として、査定される項目だからね。

私も、後輩に同じことをしていた

相談所で主任になってから、後輩アドバイザーの指導を任された。
研修で叩き込まれたのは、名前を呼んで褒めること。
話は最後まで遮らない。
髪型や持ち物の小さな変化にも、必ず触れる。

ある年の忘年会で、男性の後輩に打ち明けられた。
主任のこと、ちょっと気になってました、と。
(いや、それ研修どおりにやってただけなんだけど…)
なんて言えるはずもなく、笑ってごまかした。

その瞬間、ある顔がよみがえった。
あぁ、あの時の支店長も、こんな気持ちで私を見ていたのかもしれない。
優しさを恋と受け取られて、困ったように笑う側の気持ち。
自分がされて初めて、ブラウスの意味がわかったわ。

優しさが首輪に変わるとき

優しい上司の全部が、ただ仕事熱心なわけでもない。
24歳の莉子さんは、新人の頃に優しくしてくれた上司を、いい人だと信じていた。
ところが時間が経つにつれて、意見を言うと不機嫌になる場面が増えていく。
親切だと思っていたものは、思い通りに動かすための手綱だった。
気づいた瞬間、背中がゾワッとしたんじゃないかな。
恋には発展しなかったけど、近い立場の人を簡単には信じなくなった。

もっと露骨なケースもある。
29歳の大輔さんは、上司から好意を向けられた。
連絡の回数が増え、プライベートな話までされるようになった。
断りきれず、曖昧な関係が長引いた。
仕事とプライベートは分けたいと伝えたのは、しばらく経ってから。
その直後から、評価が厳しくなったように感じたという。
部署を変えるまで、気まずい日々は続いた。

33歳の沙織さんも、上司が二人きりのときに距離を詰めてくるのを感じていた。
恋愛感情はなかったから、そういう関係は無理だと明確に伝えた。
それ以来、やり取りは最低限になり、評価にも響いている実感がある。
立場を利用されたような感覚が抜けず、今は転職を考えているところ。

上司から向けられる好意は、断った瞬間に、評価という武器に化けることがある。
立場を使って関係を迫るのは、セクハラにあたりうる行為。
会社には、それを相談できる窓口を設ける義務がある。
一人で抱えて辞める前に、そこを使っていい。

告白するなら、異動が先

断られた翌朝も、会議室の顔ぶれはそのまま

32歳の健太さんは、同じチームの女性上司に惹かれた。
仕事ぶりが的確で、何でも相談しやすい人。
ある日、仕事終わりに食事に誘われて、二人で話し込む機会ができた。
その場で、好きですと伝えた。
返ってきたのは、部下としては信頼しているけど恋愛は難しい、という答え。

本当にきついのは、むしろここから。
断られた翌朝も、会議室の顔ぶれはそのまま。
席順だって昨日と一緒。
目が合うたびに気まずくて、資料の数字が頭に入ってこない。
健太さんは今、部署異動を考えているという。

逆の立場もつらい。
35歳の翔太さんは、部下の女性から告白された側。
信頼はしていたけど、恋愛対象として見たことはなかった。
丁寧に断ったつもりだった。
それなのに彼女の態度が変わって、会議で意見がぶつかるように。
公平に接しているつもりでも、相手の目には冷たく映ったようだ。

相談所の面談でも、上司にフラれて退職した直後に入会してくる人は少なくなかった。
みんな口をそろえて、辞めるほどのことじゃなかったのに、と苦笑いする。

健太さんと翔太さん、立場は逆なのに、行き着いた場所はよく似ている。
毎日顔を合わせる相手に振られる、あるいは振る。
その気まずさは、普通の失恋の何倍も尾を引く。

だから私は、ここだけは譲らない。
直属の上司に告白するなら、どちらかの異動が決まってから。
人事異動の内示が出た日の帰り道、くらいがちょうどいい。
フラれても、翌月にはもう同じ会議室にいないから。
告白の勇気より、カレンダーを読む冷静さのほうが、自分を守ってくれる。

付き合えたあとのほうが、地獄だった

30歳の優子さんは、上司と付き合い始めた。
両想いになれたんだから、めでたしめでたし!
……とはいかなかった。
仕事とプライベートの線引きは、思った以上に厄介だった。

決定的だったのは、優子さんの昇進。
立場が逆転して、自分の指示に彼が反発するようになった。
職場では上司、家では恋人。
その切り替えがどうしてもうまくいかず、二人は別れた。
別れたあとも同じフロアで働くのがつらくて、しばらくして優子さんは転職している。

上司を好きになった人は、付き合えるかどうかばかり気にする。
でも本当の山場は、付き合ったあとにやってくる。
評価する人とされる人が、同じベッドで眠るってこと。
その関係は、どちらかが昇進したり、評価面談の季節が来たりするたびに揺れるんだよ。

既婚の上司を好きになる人が、本当に手に入れているもの

叶わない恋は、居心地のいい避難所

彩花さんの相手も、既婚者だった。
27歳の陸さんも、上司に家族がいると知って、自分から距離を置いた。
告白はしていない。
仕事では普通に接しつつ、必要以上に関わらないようにした。
時間とともに、気持ちは薄れていったそう。
ただ当時は、このままじゃいけないと思いながら、どうしても動けなかった。

ここから先は、反感を買うのを承知で書く。
既婚の上司への片思いは、恐ろしく安全な恋だ。
叶わないから、フラれる心配がない。
進まないから、生活を変える必要もない。
毎日会えて、ときめきだけは確実にもらえる。

相談所にいた頃、30代半ばで入会してきた女性から、何度か同じ話を聞いた。
既婚の上司をずっと想っていて、気づいたら5年経っていた、と。
彼女たちが失ったのは、上司じゃない。
その5年で出会えたかもしれない、別の誰かとの時間。
本人もそれをわかっているから、面談室で泣くのよね。

動けない自分に、期限と逃げ場を用意する

美咲さんのように、このままでいいのかと迷いながら距離を保っている人へ。
動けないのは、臆病だからじゃない。
仕事と生活を守ろうとする、まともな判断だと私は思う。

とはいえ放っておくと、気持ちは毎日の接触でいくらでも育つ。
だから二つだけ、手を打っておく。

一つめは、期限。
次の人事異動か、半年後の自分の誕生日。
その日まで気持ちが変わらなかったら、条件を確認する。
相手が独身かどうか、どちらかの異動が決まったかどうか。
両方そろったときだけ、伝えればいい。

二つめは、上司以外に褒めてもらえる場所。
私の場合は、近所の陶芸教室だった。
先生は不器用な私の湯のみを見て、味がありますね、と毎回同じ顔で言う(笑)。
全然うまくないのに、意外と通うのが楽しくて。
気づけば月例会議の前の晩に、着ていく服を迷わなくなっていた。
評価してくれる人が一人だけだと、その人が世界の中心になってしまう。
二人、三人と増えるだけで、支店長はただの上司に戻っていったのよ。

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