朝五時、記憶が切れた地点から手探りする
目が覚める。天井。次にスマホ。
送信済みの画面を開くまでの三秒が、たぶん人生でいちばん心臓に悪い。
胃がヒュッと縮んで、指先だけ冷たくなるあれ。
取り返しがつくかどうかを決めるのは、昨日の出来事じゃない。今日から三ヶ月の動き方のほう。
覚えてないのは自分だけ、という慰めは半分嘘
みんな酔ってたから誰も覚えてないよ。
先輩とか友達が言うやつ。あれ、半分は当たってる。
実際、その場にいた八割は三日で忘れます。飲み会の記憶なんてそんなもん。
ただし残りの二割は、恐ろしいくらい正確に覚えてる。
理由は単純で、その二割はほとんど飲んでないから。
運転当番、体質的に飲めない人、翌朝が早い人、そして立場上ずっとシラフでいる人。
つまり職場でいちばん影響力を持つ層が、しーんとした頭であなたを観察していた可能性が高い。
何をしたか、確認するべきかどうか
記憶がすっぽり抜けているとき、誰かに聞きたくなる。私、何かしましたか、と。
聞く相手を選べるなら聞いていい。ただし選べるなら、です。
いちばんやってはいけないのが、被害を受けた本人に事実確認をすること。あれは相手に事件を語り直させる行為になる。
聞くなら、当日そこにいて、かつ被害者じゃない人。できれば飲んでなかった人。
そして聞いたら、そこで止める。二人目、三人目に確認して回ると、話が勝手に広がります。自分の手で拡散したことになる。
翌朝の長文、送信ボタンの前で一回止める
反省を全部書いて送りたくなる。わかるよ、私もやった。
でもあの長文、読む側からすると事件の再現映像なんです。
忘れかけてた人にまで細部を思い出させる装置になってしまう。
昨夜はご迷惑をおかけしました。
これで足りる。二十文字くらいで止める。
何をしたか書かない。言い訳も添えない。
相手が具体的に触れてきたら、そのとき初めて具体で返す。
酒のせいにできる失敗と、できない失敗
ここを分けずに謝るから、いつまでも終わらないんですよ。
相談所で見た、一晩で全部消えた交際
結婚相談所で働いていた頃の話。真剣交際まで進んだ三十代の男性会員がいました。誠実で、身なりも整っていて、女性側の評価もずっと高かった。
四回目のデートで、初めて二人でお酒を飲んだ。
その席で彼、前職の同僚の悪口を延々やったらしい。名前を出して、声真似までして、三十分近く。
翌日、女性から交際終了の連絡が入りました。
彼は必死でしたよ。酔っていた、普段はあんな人間じゃない、もう一滴も飲まないと。
女性が私に言った一言、いまだに覚えてる。
飲んで出てきたものは、その人の中にあったものですよね。
反論できなかった。
出たのは本音。だから謝罪が滑る
酒は性格を変えない。ふたを外すだけ。
そう考えると、失敗はきれいに二種類へ割れます。
ひとつは、こぼした、割った、寝落ちした、乗り過ごした、みたいな運動能力の話。これは謝れば終わる。三日で消える。むしろ翌週には笑い話に変換されてる。
もうひとつが厄介で、口から出た評価と欲望のほう。誰を見下していたか、誰に触れたかったか、何を我慢していたか。
後者に対して、酔っていたのでという前置きを使うと、相手はこう受け取ります。素面のときは隠す気がある人なんだな、と。
それ、慰めどころか追い打ちでしょ。
だから後者は、酒を一切持ち出さずに謝るしかない。
あんなことを言う人間でした。今は違うと思ってもらえるまで時間をください。
かっこ悪いよね。私もこの台詞を会員さんに勧めるとき、毎回申し訳ない気持ちになってた。それでも、通るのはこっちなんです。
謝るほど、相手はその夜を思い出す
二回目の謝罪は、相手のための行為じゃない
一度謝った。相手も、気にしてないよと返してくれた。
それでも不安で、一週間後にもう一度謝る。改めてお詫びを、なんて言って飲みに誘ったりして。
あれ、相手のためにやってるつもりで、実際は自分の罪悪感を下ろしにいってるだけ。
下ろす作業に付き合わされる側の気持ち、考えたことある。
謝罪は一回。以上。
そのあとに要るのは言葉じゃなくて、なんでもない日の普通の振る舞い。
菓子折りは、実は相手に効いてない
これは相談所の外でも何度か見てきた景色。
菓子折りを持っていくと、確かに空気は和らぎます。ただし和らぐのは、被害を受けた本人じゃない。
効いているのは周囲です。あの人ちゃんと動いたらしいよ、という話が先に回る。
本人にとっては、正直どうでもいい。箱より、次に顔を合わせたときの目線のほうを見てる。
それでも持っていく価値はある。周囲の空気が変わると、当人も引っ込みがつくから。
性善説では動いてない、この判断。でも現場ってそういうもの。
私が三年くり返した、いちばんダサいやつ
自分の話もします。
二十代の終わり、職場の忘年会で上司に絡みました。内容は書きたくない(笑)。とにかく、言うべきじゃないことを大声で言った。
翌朝、頭がガンガンする中で謝りに行った。上司は笑って流してくれた。
問題はそこからです。私、そのあと三年間、飲み会のたびに同じ話を蒸し返した。
あのときはすみませんでした、私ほんとダメで、というやつを、酒が入るたびに。
四年目に、はっきり言われました。
もういいから。君がそれを口にするたび、周りが何の話だろうって顔をするんだよ。
あの瞬間の恥ずかしさ、思い出すと今でも足の裏がむずむずする。
一晩の失敗を三年かけて上書き保存し続けていたのは、他でもない自分だった。
取り返そうとしない、という選び方
半年後の評価は、事件じゃなく退屈な日々で決まる
人の記憶は上書きされます。ただし新しい派手な話題じゃなくて、退屈な反復で上書きされる。
遅刻しない。締切を守る。飲み会で先に帰る。それを半年。
大きな成果を出して見返す、みたいな挽回は効きません。
周りはこう処理するから。あの人やらかしたけど仕事はできる、と。やらかしは接続詞の前に残ったままなんです。
消えるのは、単調な日を積んだときだけ。地味すぎて誰も勧めないけど。
婚活で、過去の泥酔を自分から出した人
相談所時代、四十代の女性会員でお酒の大失敗を抱えている人がいた。前の交際相手の家族の前で泥酔し、それが直接の原因で破談になった過去。
彼女は次の交際で、三回目のデートでその話を自分から出した。私は内心、早すぎると思った。
結果、成婚。
相手の男性が後日こぼしていたそうです。隠されたまま結婚するほうがよほど怖かった、と。
取り返しがつかないと本人が思い込んでいた過去が、信用の材料に化けた。
ただし、同じことを真似して失敗した会員さんも見ています。差はどこか。
彼女はその話をするまでの五年、本当に一滴も飲んでいなかった。実績が言葉を支えていただけ。
飲み方の工夫で直った人を、私は見たことがない
量を減らすより、抜ける時刻を先に外へ預ける
水を挟む。度数の低いものにする。食べながら飲む。
どれも正しい。正しいけど、酔い始めた自分がそれを守れた試しがある。
判断力が落ちてから判断させる方法は、そもそも噛み合ってないんですよ。
現場で唯一効いていたのは、これ一個。
店に入る前に、帰る時刻を人に宣言しておく。
九時半に出ますと最初に言う。タクシーを先に予約する。家族に迎えを頼む。
自分の意志じゃなく、外側の予定で切る。
これで大半の事故は消えます。残るのは、一杯目からブレーキが壊れているパターン。
やめるという選択は、負けじゃない
同じ失敗を何度も繰り返していて、記憶が飛ぶ夜が年に何度もあるなら、工夫の話じゃなくなってる。
飲まないという選び方を検討していい。恥でもなんでもない。
自分では止められない感覚があるなら、専門の相談窓口や医療機関を頼るほうが早い。意志の問題として抱えるより、健康の問題として扱ったほうが解ける。
昨夜のことがぐるぐる回って眠れないなら、まず誰かに声に出して話してほしい。頭の中だけで再生し続けると、事実より必ず大きく育つから。
