別れを切り出そうとしてる、あるいは、切り出されるかもしれない予感がある。どうにか、傷つかずに済む方法はないだろうか。
結婚相談所で、交際終了という場面に、数え切れないほど立ち会ってきた。正直、傷つかない別れ方は、たぶん、存在しない。
傷つかない別れ方は、たぶん存在しない
何かを終わらせる時、痛みが生まれるのは、その関係が、本物だった証拠。時間を重ねて、感情を注いで、そこにたしかに何かがあったからこそ、失う時に、痛む。
逆に言えば、まったく傷つかずに終われる関係は、そもそも、それほど深い関係じゃなかった、ということ。傷つかない方法を探すことは、実は、その関係の重みを、なかったことにしようとする作業に、近いのかもしれない。
だから、これから伝えることは、痛みをゼロにする方法じゃない。痛みの中身を分けて、減らせる部分だけを、削っていく話になる。
痛みには、二種類ある
消せない痛みと、増やしてしまう痛み
別れの痛みは、大きく二つに分けられる。一つは、関係そのものを失う痛み。これは、消せない。どんな伝え方をしても、必ず残る、本体の痛み。
もう一つは、伝え方や、終わらせ方が雑だったせいで、後から上乗せされる痛み。曖昧なまま放置される、突然連絡が途絶える、理由もなく人格を否定される。これは、関係を失う痛みとは、まったく別の場所から来てる、余分な痛みなんだ。
本体の痛みは、避けようがない。でも、上乗せされる痛みは、伝え方次第で、はっきり減らせる。ここを混同すると、傷つかない別れ方、という、存在しないものを探し続けることになる。
「傷つかない」を、誰のために願ってるか
ここで、一度、立ち止まって聞きたいことがある。傷つかないでほしいのは、誰のことだろうか。自分だろうか、それとも、相手だろうか。
実は、この二つは、しばしば、正反対の方向を向いてる。自分の心を守ろうとする別れ方は、曖昧にぼかす、直接言わずに距離を置く、理由をはっきりさせない。これは、自分の罪悪感を、軽くする効果がある。でも、相手にとっては、宙ぶらりんの状態が長引くだけで、むしろ、いちばん重い痛みになる。
逆に、相手の痛みを本当に軽くしようとするなら、はっきり伝える、理由を伝える、相手の目を見て話す、という、自分にとってはいちばん苦しい方法を、選ぶことになる。相手を守る別れ方は、自分にとって、いちばん傷つく方法であることが、多いんだ。
どちらの傷つかなさを願ってるのか。そこをまず、自分に問うことが、出発点になる。
相談所で見た、二つの交際終了
真剣交際の終了を、二つの対照的な形で見てきた。
一つ目は、男性側が、はっきりした理由も伝えず、連絡の頻度だけを、じわじわ減らしていったケース。女性は、何が起きてるのか分からないまま、数週間、宙ぶらりんの状態に置かれた。はっきり終わりを告げられるより、ずっと長く、彼女は苦しんでた。終わった後も、私の何がいけなかったんだろう、と、答えの出ない問いを、何ヶ月も抱え続けてた。
二つ目は、別の男性会員が、はっきりと、自分の中で違うと感じた具体的な理由を、正直に伝えたケース。その場では、女性は涙を流して、相当につらそうだった。でも、後日の面談で、彼女はこう言った。悲しかったけど、理由が分かったから、前に進めました、と。
一つ目は、伝える側の痛みは軽かった代わりに、受け取る側の痛みが、長く重く続いた。二つ目は、伝える側にとって、その場は、いちばんつらい瞬間だった代わりに、受け取る側の痛みは、深いけど、短かった。
増やさないための、具体的なやり方
では、増やしてしまう痛みを、減らすには、何ができるか。まず、曖昧にしないこと。終わりなのかどうか、はっきり分かる言葉で伝える。宙ぶらりんは、優しさに見えて、いちばん残酷な形になりやすい。
次に、文字だけで済ませようとしないこと。可能な限り、声か、対面で伝える。画面越しの別れは、伝える側の気まずさを軽くする代わりに、受け取る側の尊厳を、削ってしまう。
そして、理由は、伝えるにしても、必要以上に相手の欠点を並べ立てないこと。理解できる分だけで十分で、自分の罪悪感を軽くするために、相手を悪者に仕立てる必要はない。
最後に、その場で、相手からの許しや、大丈夫だよという言葉を、求めないこと。いちばんつらい瞬間の相手に、自分を慰めてもらおうとするのは、静かな搾取になる。
それでも、あなたが辛いのは、間違ってない
最後に、別れを切り出す側の人にも、伝えておきたい。相手を思って、正直に、丁寧に伝えたとしても、あなた自身が、平気でいられるわけじゃない。
誰かを傷つけたくないと願いながら、それでも終わらせるという決断は、それ自体、十分に苦しい作業。あなたが辛いと感じることは、冷たい人間だからじゃなくて、ちゃんと、この関係を大事に思ってた証拠なんだと思う。
傷つかない別れ方は、存在しない。でも、増やさない別れ方は、選べる。それだけで、十分だと思う。
