顔が近づいてくる瞬間、うっと息を止めてしまう。彼のことは、ちゃんと好きなのに。
キスする直前だけ、体が正直に強ばる。これって、私が冷たいんだろうか。性格が悪いんだろうか。
結婚相談所で7年、交際中の言えない本音を、山ほど聞いてきた。
キスしたくないと思うのは、性格の悪さじゃない
不快に感じる感覚は、判断の前に、体が先に出す反応なんだ。腐ったものの匂いを嗅いだ瞬間、考える前に顔をしかめるのと、構造は同じ。人間の体には、有害そうなものを先に遠ざける仕組みが、もともと備わってる。
だから、キスしたくないと感じたことに、罪悪感を持つ必要はない。それは、性格の欠陥でも、愛情不足の証拠でもなくて、ただの反射。まず、そこは自分を責めなくていい。
問題があるとすれば、その反射のあとに、あなたがどう動くか。そこだけなんだ。
彼が気づけない理由。自分の匂いは、いちばん遅れて気づく
換気扇の音と同じ、慣れたら消える
ここで、彼の名誉のために言っておきたいことがある。彼、たぶん、本当に気づいていない。
人の嗅覚は、同じ匂いに長くさらされると、だんだんそれを感知しなくなる。実家の匂いが、自分では分からないのと同じ。台所の換気扇の音も、住んで三日もすれば、もう耳に入らなくなる。あれと同じことが、自分の口の中でも起きてる。
彼にとって、自分の口の匂いは、四六時中一緒にいる音みたいなもので、もう聞こえていない。だらしないから放置してるんじゃなくて、単純に、感知する装置が、自分にだけ働かないだけ。
緊張するほど、口の中は乾いていく
もう一つ、皮肉な話をしておく。緊張すると、唾液の量が減る。口の中が乾くと、雑菌が増えやすくなって、匂いは強くなる。
あなたに好かれたくて、変に思われたくなくて、彼が真面目に緊張すればするほど、口の中の環境は、悪化する方向に動く。頑張るほど裏目に出るという、なんとも間の悪い仕組み。
お見合いの席でも、この現象は実際にあった。会話が弾んで盛り上がってきたはずなのに、なぜか距離が縮まらない、というケース。あとで本人に聞くと、緊張で喉がカラカラだった、という男性が何人もいた。ドクドクと心臓が鳴ってる時、口の中まで気を配れる人は、そう多くない。
感想シートの「ご縁がなかった」の中身
アドバイザー時代、お見合い後の感想シートに、ご縁がなかったです、とだけ書かれることが、よくあった。理由の空欄に、それ以上の言葉がない。
31歳の女性会員に、個別で本当のところを聞いたことがある。言いにくそうに、実は、におい、が、と話してくれた。
はっきり口臭と書くのは、なんだか意地悪みたいで、書けなかった、と。ご縁がなかった、という裏に、書かれなかった本音が、静かに沈んでる案件を、何件も見てきた。
これは、かなりの確率で起きてることで、あなただけが特別に気にしすぎ、という話じゃないんだ。
私が言われた、あの日の話
偉そうに書いてるけど、私にも覚えがある。
アドバイザーになりたての頃、会議の前にコーヒーを二杯飲んで、そのまま先輩と立ち話をしていた。先輩が、言いにくそうに、あの、コーヒーの匂い、けっこう強いよ、と教えてくれた。
その瞬間、頭がズキンとして、真っ白になった。え、今まで誰にも言われたことなかったのに。動揺しながらガムを探して、その日一日、誰かと近づいて話すのが怖かった(泣)。
あの時の先輩、勇気を出して言ってくれたんだと、今なら分かる
言われて傷ついたか、と聞かれたら、正直、一瞬は傷ついた。でも、あのまま気づかずにいた方が、ずっと怖かった。教えてくれたことに、今は感謝してる。
黙って避け続けることが、いちばん危ない
理由を伝えないまま、キスを避け続けると、何が起きるか。
彼は、におい、というピンポイントの理由には気づかず、なんとなく距離を置かれてる、冷めてきたのかな、という漠然とした不安に変換していく。
真剣交際中の37歳の男性会員が、まさにこれだった。最近、彼女がスキンシップを避けるんです、自分の何が悪いのか分からなくて、と面談で肩を落としてた。原因を、におい以外の場所に探し始めて、自分の性格が悪いのか、他に好きな人がいるのか、と、見当違いの方向で悩んでた。
実際は、彼女は匂いのことで悩んでただけで、彼への気持ちは変わってなかった。匂いという、実は直しやすい理由が、伝わらないまま、関係全体への不信感に育っていく。これは、けっこうもったいない壊れ方だと思う。
におい、という小さくて具体的な話が、伝えなかったせいで、性格が合わない、という大きくて漠然とした話にすり替わっていく。実際に見てきた壊れ方の中でも、これはいちばん、防げたはずのパターンだった。
伝え方は、性格じゃなく事実として渡す
伝える時のコツは、性格や愛情の話にしないこと。あなたのそういうところが、ではなく、今日ちょっと口の中が乾いてるかも、くらいの、事実を渡す言い方にする。
キスの直前に言うのは、いちばん避けたい。傷が深くなるだけ。落ち着いてる時間に、水分足りてる?最近、忙しくて寝不足じゃない?と、体調を気遣う流れの中に、さりげなく乗せる。
歯磨きの回数を増やす、舌の表面もやさしく掃除する、水をこまめに飲む。ここまでは、生活習慣で直せる範囲。多くの場合、これだけで、かなり変わる。
ただし、しっかり歯磨きをしても匂いが続くなら、それは、ガムやマウスウォッシュでごまかす話じゃなくなってくる。歯ぐきの状態など、歯科で見てもらった方が早いことも、ある。これは、彼を責めることじゃなくて、体のメンテナンスの話として渡す。
それでも変わらない時に、初めて見るべきもの
事実として伝えた時、彼がどう反応するか。ここに、匂いそのものより、大事な情報がある。
教えてくれてありがとう、と受け止めて、対策を始める人がほとんどだと思う。それなら、におい自体は、時間の問題で消えていく。
もし、事実を伝えただけなのに、不機嫌になる、逆ギレする、何度言っても変えようとしない、ということが続くなら。それは、におい以上に、指摘をどう受け取るかという、彼自身の姿勢の話になってくる。
におい、はたいてい直せる。直そうとする気があるかどうか。そこだけを、静かに見ていればいい。
