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人生で出会う人は決まっている。ただし宇宙じゃなく、あなたの動線が決める

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人生で出会う人は、決まってるんだと思う。と、そっと信じてる人は多い。
失恋した夜に、それでもまだ誰かいるはずだと自分を支えるために。婚活が続かなくて、もうご縁がないのかと弱った時に。誰かと出会って、これは運命だと感じた朝に。
その気持ちに、水を差す気はまったくない。ただ、相談所で7年、縁を信じて待ち続けた人と、動線を自分で増やした人の、両方の結末を見てきた立場から、少し違う角度の話をしたい。出会う人は、決まっている。ただし、それを決めてるのは宇宙じゃなくて、あなたが毎日通る道の半径なんだ。

目次

決まっているのは本当、ただし決めてるのは宇宙じゃない

今日、あなたが出会える人は、あなたの動線が交差する人だけ。職場と家の往復しかしなければ、その往復の半径に入る人しかいない。いつも同じ時間に、同じ電車に乗って、同じ席に座れば、会える人の顔ぶれは、ほとんど固定される。
これを、決まっている、と呼ぶのは正確だと思う。ただし、その決め方は、天体の配置じゃなくて、あなたの習慣が設計してる。
見方を変えれば、可能性の地図はあなたが書いてる。いつもと違う駅で降りれば、いつもと違う人がいる。別の曜日に別の場所へ行けば、動線が交差する座標が変わる。宇宙が全員分の出会いを事前に配列してるんじゃなくて、あなたの航路が、会える人のリストを毎日更新してる。
決まってるのは本当、でも固定じゃない。毎日、書き換えられてる地図なんだ。

あの出会いを運命にしたのは、行動だった

5分の遅刻で、人生が変わった話

運命の出会い、という言葉の裏に、いつも思うことがある。あの日、5分だけ遅刻していたら、どうなってたか。
夫と初めて会ったのは、共通の知人が開いた小さな集まりだった。正直、気が乗らなくて、行こうか迷った夜だった。(雨だったし、新しい靴は足に合ってないし、断る口実なら三つ用意できた)
それでも行って、席が一つ空いてて、そこに座ったら、隣に夫がいた。あれを運命と呼ぶのは簡単だけど、私が行かなければ起きなかった話で、行くと決めたのは私だった。運命じゃなくて、決断が先にあって、運命という名前が後からついた。
もし行かなかったら、夫は別の誰かと会って、別の人と結婚して、今頃どこかで幸せにやってたかもしれない。あるいは私も、別の席で別の誰かと話して、全然違う場所に今いたかもしれない。どちらが正解かを言えるわけじゃない。ただ、あの夜の私の選択が、動線を一本引いて、そこに夫がいた。それだけの話なんだと思う。

運命の感覚は、出会いの後にやってくる

出会いの瞬間に、運命だと感じる人は、実は多くない。あとから振り返って、あれは運命だったんだ、と意味がつく。これって大事な順番で、運命が先にあって出会うんじゃなくて、出会いが先にあって、選び続けた結果、運命という物語が後から生える。
婚活でも同じことが起きてた。お見合い当日に、運命を感じた、と言う人は少ない。一緒に過ごす時間が積み上がって、振り返った時に、あの出会いは必然だった気がする、に変わる。感覚が後から来るなら、動線を増やして出会いの数を上げておくほうが、運命が生えてくる土壌が増えるよね。

出会いが少ない人の動線に、共通してたこと

相談所に入会してくる人の話を聞いていて、ある傾向に気づいた。出会いがないと言う人の動線には、共通点があった。
毎日の経路が、一本。家、職場、コンビニ、家。週末は、Netflixと部屋着と、たまに一人でファミレス。趣味はあるけど、一人でできるやつ。人と会う時は、決まったメンバーで、決まった店で、決まった話。
あなたが悪いとか、引きこもりだとか、そういう話をしてるんじゃない。動線が少ないと、座標が交差する人の数が、物理的に減る。しかも、毎日同じ座標に同じ人がいるということは、新しい出会いの確率もゼロに近い。当たり前の話なんだけど、こうして整理すると、出会いのなさは、人格の問題じゃなくて、設計の問題だということが分かる。
それと、動線が少ない人に、もう一つ共通してたことがある。同じ種類の人とだけ会ってる。同じ職種、同じ年代、同じ価値観の人間が集まる場所だけを回ってる。アミューズメントパークを一ヶ所しか知らなければ、そこに来る客しか会えない。ジャンルを変えると、客層がまるごと変わる。

縁を信じて待ち続けた人と、動線を増やした人

担当した会員の中に、対照的な二人がいた。
一人目、48歳の女性。入会のきっかけは、知人への紹介をずっと断ってきたこと。縁があれば来るはず、無理に動かなくても、会う人とは会う、という信念を持ってた。入会後も、紹介された相手が運命かどうかを、初回のお見合いで判断しようとして、誰とも次に進めなかった(泣)。
二人目、51歳の男性。バツイチで、出会いゼロからのスタート。入会後、週に一回、行ったことのない店で一人飯を始めた。相談所外でもボランティアに参加して、週末に街歩きイベントへ顔を出した。動線を三本、自分で引き直した。半年で相談所の縁と、街歩きで出会った縁が同時に動き始めて、どちらと進むか迷う、という贅沢な悩みを抱えてきた(笑)。
縁を待つ信念は否定しない。ただ、縁が通過できる道が一本しかないと、縁は来ても気づかずに通過していく。待ってるだけでは、駅のホームにいるのに電車に乗り込めない、あの状態が続く。

動線を一本増やすと、会える人の種類が変わる

実用を一個。難しいことはいらない。動線を一本だけ足す。
毎週同じ曜日に、一度も行ったことない場所へ行く。ジャンルは何でもいい。ただし、できれば、今まで縁のなかった種類の人が来る場所がいい。スポーツ観戦、料理教室、地域の清掃活動、植物園、古道具市。お金がかかっても、かからなくてもいい。大事なのは、新しい座標を、週に一回、自分の動線に加えること。
三ヶ月続ければ、顔見知りが生まれる。半年続ければ、名前で呼び合う関係になる。その延長線上に、縁が生えてくる。縁の種を、誰かから渡してもらうんじゃなくて、自分の動線に蒔いていく感覚に近い。
一本だけ、で十分なの!二十本引く必要はない。一本増えるだけで、出会える座標の幅が変わって、会える人の顔ぶれが変わる。動線は、足し算。

それでも縁を信じたい気持ちの、正しい使い方

最後に、スピリチュアルな縁の話を笑う気は、一ミリもないと言っておきたい。
出会う人は決まっている、という信念は、暗い夜に人を支える力を持ってる。まだ誰かがいる、と信じられるから、立ち上がれる。その力は、本物だ。
ただ、その信念のエネルギーを、待機に使うのか、動線の設計に使うのか。ここだけが、分かれ目だと思ってる。縁を信じながら、縁が通れる道を増やす。両方、同時にできる。
会う人は決まっている、は本当のことだと、今でも思う。ただし、それを決めてるのは、あなたが今夜どこへ行くかだよ。
宇宙がリストを持ってるんじゃなくて、あなたの明日の動線が、リストを書いてる。
どの路地に入るか。どの乗り換えをするか。それだけで、会える人の顔が変わる。

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