性格も合う、金銭感覚も合う、なのに、食事の好みだけが、どうしても合わない。彼は薄味が好きで、私は濃い味が好き。彼は毎日同じような食事でいいと言うのに、私は少しずつ違うものが食べたい。
こんな些細なことで悩む自分は、贅沢なんだろうか。
結婚相談所で7年、価値観の一致を測る面談を、数えきれないほどやってきた。食の話は、いつも軽く扱われがちだったけど、現場での実感は、世間の扱いと、かなり違う。
食の好みなんて小さいこと、と言われるたびに思うこと
お金の価値観、子どもへの考え方、親との距離感。婚活で重視されるのは、だいたいこの辺り。食の好みなんて、と、後回しにされがちな項目。
気持ちは分かる。一件一件を並べれば、たしかに、食の好みは、金銭感覚の不一致より軽そうに見える。
でも、その並べ方自体が、間違ってるんじゃないかと、ずっと思ってきた。問題の大きさは、一件あたりの重さだけじゃなくて、それが何回起きるか、でも決まるはずだから。
一日3回、年に1000回という掛け算
靴の中の小石は、一歩なら痛くない
子どもをどうするか、みたいな価値観の不一致は、人生で話し合う回数が、そう多くない。年に数回、思い出したように表面化する程度。
一方、食事は、一日に二回か三回。年に換算すると、優に千回を超える。小さな不一致でも、千回繰り返せば、その総量は、たまに出てくる大きな不一致を、あっさり追い越すことがある。
靴の中に、小さな石が入ってると想像してみてほしい。一歩踏み出すだけなら、痛くもかゆくもない。でも、そのまま一日中歩き続けたら、靴を脱いだ時、そこには血まめができてる。石の大きさは変わってないのに、痛みは、回数の分だけ育ってる。
食の好みの不一致は、まさにこれ。一回一回は小石でも、毎日三回踏み続ければ、いつか本物の傷になる。
本当のズレは、メニューじゃなく食への向き合い方
作業としての食事と、娯楽としての食事
好きな料理のジャンルが違う、くらいのズレは、実は、本当の問題じゃないことが多い。
和食党と洋食党なんて、外食先を交代で決めれば済む話。本当に厄介なのは、もっと下の層にあるズレ。食事という行為そのものに、何を求めているか、という部分。
一方は、食事を、お腹を満たすための作業だと捉えてる。手早く、効率よく、済ませられればそれでいい。もう一方は、食事を、一日を彩る娯楽だと捉えてる。時間をかけて、味わって、選ぶこと自体が楽しい。
この二人が一緒に暮らすと、悲劇が起きる。作業派は、娯楽派の時間とお金のかけ方を、無駄遣いだと感じる。娯楽派は、作業派の淡白さを、自分の楽しみを軽んじられてるように感じる。ズレてるのは、メニューの好みじゃなくて、食事という時間の価値そのものだったりする。
相談所で見た、食の話で壊れた縁談
真剣交際まで進んでいた、32歳の男性会員がいた。彼女は、健康志向がしっかりした人で、外食のたびに、これ添加物多いよ、脂質高すぎない、と指摘してくる。
最初は、健康を気にしてくれてるんだな、と好意的に受け取ってた彼も、半年もすると、食事のたびに採点されてる気分だ、と面談で漏らすようになった。彼女に悪気がないのは、こちらにも伝わってた。ただ、悪気がないことと、負担がないことは、別なんだ。
最終的に、交際は終わった。理由の欄には、価値観の相違、とだけ書かれてた。でも、面談で拾えた本当の中身は、食事のたびに小さく採点され続けた、千回分の疲労の蓄積だった。
同じ釜の飯、という幻想を手放したカップル
同じ釜の飯を食う仲、という言葉がある。一緒に同じものを食べることが、絆の証だという考え方。婚活でも、この幻想を、無意識に引きずってる人が多い。
でも、うまくいってた夫婦の中には、この幻想を、あっさり手放した人たちもいた。
成婚後もやりとりが続いてた夫婦で、妻は凝った料理が好きで、夫は同じものを毎日食べても平気なタイプ。妻が張り切って作った日、夫は美味しいと食べるけど、そこまで感動はしない。逆に、夫が作る簡素な炒め物を、妻は物足りなく感じる。
二人が選んだのは、無理に好みを揃えることじゃなくて、それぞれの食事に、口を出さないこと。妻が凝った料理を作る日は、それは妻自身の楽しみとして尊重する。夫が簡単に済ませる日は、それも夫のペースとして尊重する。同じ皿をつつくことより、お互いの食べ方に干渉しないことの方が、二人には合ってた。
同じ釜じゃなくても、同じ食卓にはいられる。それだけで、十分だったりする。
うちの食卓で起きている、地味な事件
うちも、他人事じゃない。夫は猫舌で猫舌でしかたなくて、私が作った料理を、毎回はふはふ言いながら、時間をかけて食べる。私は猫舌の逆で、猫舌の対義語があるなら私はまさにそれで、湯気が出てるものを平気で口に運べる。
結婚したての頃、夫の食べるスピードにイライラしたことがある。せっかく作ったのに、冷めてから美味しいって言われても、と。
今は、器を分けて、夫の分だけ先によそって冷ましておく、というだけのことをしてる。たったこれだけで、あのイライラは、綺麗さっぱり消えた。彼の猫舌を治そうとするんじゃなくて、私が10秒早くよそうだけ。解決策は、驚くほど地味だったんだよね。
